2019 LOOSER ~失い続けてしまうアルバム~ 観劇感想

2019-08-25

崎山つばさを「名役者」と表現したライターさんがいたが大袈裟ではなかった。そしてLOOSERという芝居自体がとても面白かった。5人芝居ならではの工夫と含み。伏線。マジック。それを見事に演じきって魅せた5人の役者。絶妙に組み込まれてくる「笑い」の数々。

笑った! 泣いた!

楽しかった!

素晴らしかった!

 

※この段階でまだNACSさんのものは未視聴です。

以下、私なりの感想・解釈が続きますが、常より芝居の「感じ方・解釈」は個人により違い正解がないという考え方なので反論・異論との議論は面倒くさいので受付してません。よってこのエントリーに限りコメント入れられませんので予めご了承ください。またネタバレを含んでいきます。

 

 

【5人芝居の妙】

 

■一人何役もこなす役者たち一番の見どころである。一体全部で何役あったのだろう。それぞれがいくつもの役を見事に演じていた。観ていて全く混乱しないのは勿論「羽織を裏返す」という表現や演出に助けられているのだけど、役者さんの演技力無くしてはこのように良い芝居にはならなかっただろうと思う。

 

■その見どころ

シゲ以外は基本「新選組の誰か」と「攘夷志士の誰か」を演じているのだけど、その妙をしっかり魅せてくれるのが、いきなりで申し訳ないが池田屋のシーン。

 

「新選組の沖田(木ノ本) vs 攘夷志士の宮部(磯貝)」この二人の熱い熱い戦いの直後に「一方二階では・・・」と暗転して役者の新選組と攘夷志士が入れ替わり「新選組の近藤(磯貝) vs 攘夷志士の桂小五郎(木ノ本)」が繰り広げられる。それぞれの役柄の演じ方の違いや対峙する二人の関係性など、ここは円盤でしっかり何度も観て味わいたい醍醐味ポイントですな。

 

■演技力ここにあり(追記)

株元さんについて書き忘れてました。失敬。

株元さんがメインに演じていた新選組の芹沢さん。破天荒で色気があってオーラのある何とも言えない魅力。オウメさんが亡くなるシーンでは「演技力ここにあり」を魅せつけてくれたんだよ。

一方、攘夷志士の古高俊太郎(絶対忘れないなw)まっすぐで純真なキャラクター。この対比。同じ役者と気が付くのに時間かかっちゃった。というかそんなこと気にならないぐらいの演じ分け以上でした。 「この舞台 死ぬのこれで 3回目」 確かに

 

 

【崎山つばさのシゲ】

 

■シゲを演じる崎山つばさ

正直!芝居が始まったすぐのシゲに驚いた!!!「あの!!!崎山つばさが!!!!!何と素晴らしいヘタレっぷりだ」惚れるね。役者として惚れるよね。この成長に惚れるよね。って芝居が進むに仕方がってそれどころでは無くなるのだけど。

 

■シゲの役割

崎山つばさが演じたシゲがあくまでもでも「等身大」という意味がわかった。その「等身大」であることに「平凡」であることにとても意味と役割があったのだ。誰しもが一度は通ってるであろう「自分は何もやってないな」でも「悪人でもないよな」「友達ならいるよ、深い付き合いでもないけどね」とまさにゆるい感覚、LOOSERな感覚の再現。

 

その日常での友人との絡みのシーンと新選組の一員になってしまったシゲと沖田くんの絡みが絶妙にオーバーラップして観客の私たちを幕末時代に感覚ごと誘ってくれる。

 

この「感覚ごと」というのがこの芝居のツボでシゲの役割だと思ったの。幕末の演劇や映画・ドラマはいくらでもある。けど、どこか「観客」で「他人事」で感情移入できたとしても「物語の中」なのだが、これは気持ちごと現代から幕末に引きずり込もうって脚本じゃないかな。

 

■「通り雨」を観た

『約6分のシゲの独白』

相手もなく、小道具もなく シゲの演技だけで日常の様子と心情が繰り広げられる。やはりつばささんの「語り」は素晴らしい。視線や表情、仕草で情景を生み出すのは「崎山つばさ」の得意技だよ、得意技!!!大きな声を出すわけでもなく観客席に視線を投げるわけでもない。そのオーラと言い換えてもいい空気感で会場を全体をシゲの世界に包んでゆく。

 

これを読む人で何人が「通り雨」で通じるのだろう?しかし、知っている人は同じ事を思ったに違いない。そう!私の観劇バイブル「ガラスの仮面」ネタです。ま、北島マヤは2時間一人芝居でしたがね。実はこの「通り雨」どんな風だったんだろう?ってマンガではイマイチ想像できなかったのですが、このシゲを観て初めて「ああ、きっとこんな感じだったんだろう」と思えましたね。私の崎山つばさ wishlistに「一人芝居」を増やさねばならぬな。

 

他にいくつも見どころシーンがあったけど、私はここが一番印象的だったし「引き込まれる」を体感し、役者崎山つばさに惚れ直したねぇ。

 

 

【観客を引き込むスタイル】

 

■鈴木裕樹さんの坂本龍馬

いくらサキヤマニアでもここを無視して通れない。鈴木さんの坂本龍馬の迫力よ!!!明らかに観客を「攘夷志士」として引き込むスタイル。坂本龍馬が一声あげてこちらに手を広げた瞬間に「あ、私ら今、攘夷志士だ」と理解する。本当に迫力も説得力も土佐弁も素晴らしかった。うん、最近まで高知で暮らしていた刀剣次男が言うので確かだよ。

 

■LOOSERの半分は「お笑い」でできています

磯貝さんの「照明さん」のくだり面白かったなぁ。あと「ココア」とか「ハリーポッター」とか「この勝負もう少し見てみたい」とか!!!思い出すだけで(笑)   油アルバム!!!木ノ本さん上手過ぎだよ(笑)

 

歌もない舞台にメリハリをつけて飽きをなくすためだったり、単に面白いのを目指してたり、重い内容を軽くさせたり、そこに生まれるアドリブや「生」の芝居が演劇らしくて楽しかったりという狙いなんだろうけど。でもね、実はお笑いな部分を通して幕末組に親近感や「新選組」も「攘夷志士」も「人間だもの」みたいな効果も狙ってたんじゃないか。と思っています(深読み?)

 

だからこそ後半での幕末の志士たちと現代のシゲとの感覚の対比が浮き彫りになり、観客の中に「問いかけ」がよりリアルに生まれたのではないでしょうか。

 

■ここに落とし込む

ここまで色々な脚本の仕掛けや役者さんたちの演技力によって、幕末の時代に引き込まれた私たち。クライマックスでシゲに同調して心で叫びます。「大義って何だよ。誠って何だよ」

このシーン私が初見だったり席が良かったのもあるんだろうけど、ニコ生放送された大千穐楽より前楽のシゲの演技がすごかった!!!!んだよ。

 

 

【心を揺さぶる】

 

■答えのない余白

この物語には答えは用意されていないのだね。現代と幕末の志士との間の生き方・信念の違いに「問いかけ」があるのみ。それだけの余白がある。シゲにはシゲの答えがあって、観客それぞれにはそれぞれの答えがあるのだろう。すぐには咀嚼できずに探し続ける人もあるのかな。みんな探し続けるのかな。

 

■自分の未来は変えられる

とりまシゲが出した答え。

「一度死んだと思ったら何だってできる」

よく使う言葉だけれど本当に経験している人はどれだけ居るのだろう? それとも夢の中であれ、事故や病気、災害であれ、自分の中であれ、誰しも一度はこのような経験をしているんだろうか。

 

セリフでは「思ったら」だけどマジにそのような思いをした人は「一度死んで」いるのだ。そう堂々と書いてしまえるのはその経験者だからだけどね。未来を変えたよ。いつも何かにつまずいた時にはそれを思い出す。この芝居の中で一番共感できた言葉だった。※あ、違うわ。シゲの電車の座席の話だった(笑)

 

■私の中の答え
人生半世紀生きてるとね。まるで攘夷志士のような「大義」を持って戦ってた(武器は持ってないよ)時もあったわけよ。それこそ命懸けてたよね。 新選組ほど過激じゃなくても夢や誰かに惚れたらそれが「誠」だった時もあったよね。それを失くした時、どう生きていいかわかんなかったな。だから自分なりの答えは少し見えてるけど、きっとまだまだ探し続けるんだ。

 

 

【ネタバレ臭あり】

 

なのでこれを挟む

ミニシアター通信さんより ゲネプロ動画

 

 

■羽織を裏返す効果

羽織を裏返す・・・これは単に「役柄」を分かりやすくするだけではないのだね。これをどこで裏返しているか「舞台の上か」「裏か」それにも大きな意味を持つんですよ。それに気が付くのはもう芝居も最終に入ってからだったという間抜けっぷりで申し訳ない。しかし、そこをわかっているとシゲや土方さんの羽織の使い方にも非常に意味が付加されて見えてきたよ。

 

■坂本龍馬

実は前述で「すごい迫力」と書いたが、少しの違和感があった。私の中の坂本龍馬イメージとの違和感と共に「あれ?こんな風に鼓舞されてもついていくぞ!!という魅力とは微妙に違うな」と思ったが・・・当たり前だ(笑) その胡散臭さまで感じさせてくれた鈴木さん。今まで知らなかったけどすごい役者さんですね。

 

 

さて、下手な文章でまだまだ咀嚼しきれておらず、まとまらずに長々と2019LOOSERの感想を書いたがもっと味わいたいから!!!円盤予約せんといかんばいばい。確か会場予約特典のは6月23日までだったばい?紙どこいったばいばい????

いつまで経ってもLOOSERな私でどすこい!(笑)

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