共犯者

2019-09-14

 

先日の御笠ノさんのブログの文章でBIBIBIっとくるものがあった。

>舞台は形に残らない。
>作ったと言い張る人と、見たと言い張る人。
>その共犯関係だけが存在を証明している、気がする。

http://blog.livedoor.jp/noshin0724/archives/52174481.html

観劇感想を書くにあたってずっとモヤモヤしてたことがすっきり晴れた。

以前、共有・共感・共鳴 というエントリーで、共感こそが一番不確かなものだと宣言しているのに、舞台でも、イベントでも、確実に現場にはその「共感」があって、妄想でも勘違いでもなく確実に存在してて・・・というモヤモヤ。

でもこの文でむっちゃくちゃ腑に落ちた。

実は同じものを感じたのか、どう受け取るのが正解なのかは関係なかった。

自分がそう観たと言い張る・・・その時間と空間とを共有したことで「在った」と証言する共犯者で良いのだと。

いや、さすが演劇のプロだよな。

同時にいつか書こうと思って用意していた言葉が絶妙にリンクしてきた。

「吊り橋効果」

言わずと知れた我らが推し様「崎山つばさ」さんは色々と挑戦していくタイプだ。得意なことばかりではないよね。ニガテ意識のあるものでも求められれば受けて立つスタイル。

勿論、サキヤマニアはそんなつばささんの魅力の虜なんだけど、挑戦したらやり遂げてくれると信じているけど、やはり心配でドキドキしてしまう。

更に、崎山のSは・・・なのでマニアのMはプチ放置や、逆に急な推し情報に翻弄されている。いつつばささんがどう動くのか微妙な緊張感を持って毎日生活しているんだよドキドキ。

一緒にドキドキしてるもんだから、元々「好き」なんだけど、どんどん吊り橋効果も加わって沼が深くなって離れられなくなるんじゃなかろうか。

そんな事を考えていたら先ほどの「共犯」という言葉に出くわして、BIBIBIっとしたわけ。舞台もそうだけど、つばささんとサキヤマニアの間に流れる空気や共感はカタチに残らなくて、お互いの証言でしか証明できなんだ。

「共犯」なんだかムフってしちゃうよね。御笠ノさんの書いた「共犯関係」とは少し意味が違うだろうけど、何だか連想しちゃったから仕方がない(笑)

そういえば、

おめでとうございます。

「やってんな―」 ですって(笑)

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